アメーバの立体交差

競馬をやパチンコをやる人が、通算の勝ち負けをさかのぼって合計し、かなりの額を遣っていることを明かして笑ったりすることがある。

例えば100万円負けていたとして、きっとその人は、はじめから100万円を遣うつもりなんてなかっただろう。

僕はハーモニカを20本近く持っている。

頻度の差はあれ、どれも現役で活躍しているものたちだから、入れ替わり立ち替わり消耗し、パーツの交換の時期がくる。

これまでにハーモニカとその維持にかけた金額は、おおざっぱに見積もると5万〜10万といったところだろう。もちろん、最初の1本のハーモニカを3000円くらいで購入するときに、数年間にわたって5〜10万円をハーモニカのために遣うことになろうとはまったく思っていなかった。始めてみたら継続し、蓄積していった「たまたま」の結果といえる。

大きな金額、年月、人手といった、あらゆるコストを払った巨大な事業を決め、動かしていけるような神経がぼくにはない。

他人に影響しない、個人の範囲で済むようなことを目指そうとする。

今ぼくが操作しているiPhoneを作った人はすごい。世界中のたくさんの人々のライフスタイルを変えた。

いま僕が座って眺めているのは西武鉄道だけれど、これの建設を決めて実現していくことも大変だったろう。

そして座っている僕のおしりの下には、線路の下をくぐるように立体交差した道路が通っている。ちょっと前までここは開かずの踏み切りだった。この工事もまた大変だったろう。

iPhoneの発明と、鉄道や立体交差の開発とではニュアンスが異なるが、たくさんのお金と人と時間が投じられた大きな事業であることは共通している。

僕はただそれを享受しながら、朝からたくさんの人が歩いていることに驚いたり、きれいな道路と1匹のダンゴムシに目が留まったり、鳥の声に耳を傾けたりしている。僕にとってのハーモニカもそんな結果のひとつであり、鳥の声となんら変わらない。

「望み」をもって、動いたり動かされたりしているたくさんの人たちを見送りながら、日々かたちを変える交差点に僕はいる。