今の僕は、過去の夢。

夢ってなんだろうと思う。


僕は子供の頃の夢は、「釣り師」だった。


ちょうどブラックバスのルアー釣りが爆発的に流行った頃で、「コロコロコミック」で「グランダー武蔵」を読み、漫画に登場したイルカやらガイコツやらを模したルアーが少年少女だった僕らの間に出回っていた。


週末の河口湖なんかは、竿を出す人と人との距離が京都・鴨川の夜に等間隔に並んで座るカップルの密度どころじゃない様相を呈していた。


最近はめっきり行かないが、数年前に行った時の記憶ではもうそんな異常な熱気は感じられず、閑散としたものだった。


大人になった僕は、釣り師にならなかった。


夢ってなんだろう。


それを語ろうとするとき、どうしてこうも「職業」がつきまとうのだろう。


子供に質問して挙げさせるような「将来の夢」は、ほとんどが職業を示している。


サッカーや野球の選手やら、競技や芸を商業利用することによって職業として成り立たせられたものを挙げる子も多い。


一方で、お菓子屋さんだとかパン屋さんだとか、胃袋を満たす身近な存在を挙げるような子もいる。


どれくらいの年齢からラインナップに入ってくるのかわからないが、公務員なんてのも挙がってくるのが世相を反映しているようでもある。


(「安定した仕事」という呪文を頻繁に唱える親の影響だろうか)


釣り師が僕の将来の夢から消えたのは小学生の高学年か、中学に入るという大きな変化を迎えた後だったか。


あらあめて振り返ると悠長なものである。(現実の「釣り師」の方を悪くいう意図はまったくない)


中学に入って面倒を見てくれた先生たちとの出会いが影響してか、その頃くらいから「教育にたずさわること」が僕の夢の中に顔を覗かせ始めた。


音楽が好きで、友達とギターの弾き語りデュオを組んで演奏したりもした。合唱コンクールでピアノを弾きもしたし、地元のアマチュアオーケストラで打楽器もやった。中学の卒業パーティーでは、生まれて初めてバンドもやった。(ドラムスを担当した)


高校に進学すると真っ先に先輩に目をつけられ、連れて行かれたのは「軽音室」だった。


忘れもしない友達と出会うことになる「軽音楽同好会」、通称「軽音部」で3年間を過ごした。


バンドでギターを弾いたり歌を歌って、曲も作るようになった。


これが仕事になればいいと思ったのはその頃だったかもしれない。


教育にも相変わらず関心があったし、音楽大学に行って教職課程を履修し、学問的にも根っこから音楽を学ぶことにした。その選択肢を可能にしてくれた親には感謝である。


大学では授業と個人レッスンの日々だった。(僕は声楽とピアノを主科としていた)


レッスン日と授業の合間は、個人の練習時間で埋め尽くされる。


そこが一般的な大学と音楽大学の大きな違いだった。


併せて教職課程を履修すると、やるべきことでいっぱいだった。土曜日まで毎日、ときには夜まで大学に通った。


夢だなんだといっている暇があまりなかったようにも思う。


音楽を仕事に活かしたかったけれど、そのためのノウハウみたいなものを培ったり、現実的な手法のために課題と向き合ったりする時間がとれなかったようにも思う。


このくらいの頃から、夢というものがなんだか自分の中で「非現実的なものの総称」みたいになっていた。


そのまま卒業して、教育に携わる非正規の臨時職についた。


「特別支援学級」に通う中学生の学習を支援する仕事だった。授業のサポートである。


学級生たちの「純心」と、自分の取り組む「音楽」との間に共通点を見いだしながら、仕事以外の時間の多くを音楽活動に費やした。自分で作った歌をバンドで演奏したりする活動だ。


今の僕も完全にこの延長にある。


結婚したり転職したり、子供が産まれたりといった変化はあった。


ミュージシャンとして身を立てていく友人、知人たちの背中を見て、自分も音楽に携わるスキルをもう少し収入に結び付けられたらいいな、ぐらいのことは思う。それが今の夢だろうか。


現在の主な収入源になっている仕事はやはり、教育に携わるものである。6年間関わった学校教育と違って、地域の、社会の学びに携わっている点がここ2年間の僕の仕事の特徴である。


この仕事に関わって得られるものが、自分がやりたいように取り組んでいる音楽活動に幅をもたらすし、音楽活動から得られる哲学は仕事にも生活にも還元される。


そう実感している。


夢ってなんだろう。


最初の1行に立ち返る。


今の僕は、過去の僕の夢なのだ。


過去の僕が夢みたものと今の僕に差異があるとすれば、僕はそれだけ「夢」を読み違えていたことになる。


その「読み違え」の部分こそが、夢の正体なのかもしれない。「夢」も「将来」も「未来の予測」も、みんな似ているようでちょっと違う。


混同が悩みのタネを生んだりもする。


何を「夢」と認識するかは、人によって違うし、同じ人の中でだって刻々と変化する。


あなたは「夢」って、なんだと思う?