バランスガイド

 出したら、必ず見ます。どんなものが出たか。ウンチは、自分の健康や生活を如実に映し出す、鏡のようです。
 水分と繊維の多い野菜をたくさん食べて、しかるべきタイミングで出した便は、太さも量もあって、排出する際の体感もずるりと気持ちが良い。
 一方、偏った食事をして、しかるべきタイミングを逃して排出された便は、水分が失われて硬く、コロコロした石つぶが無理やりひとまとまりにされたような質感で、悪ければ肛門を傷付けることさえあります。
 自分の生活の通知表のようです。見たらすぐ流してしまう。臭いますからね。(臭いも成績に含まれます) 便器の底に溜まった水が、下水管との間の蓋の役割をして、もう臭いが上がってくることもありません。便器に蓋が付いていますが、あれは臭いを防ぐものではなく、流す際に水が飛び散るのを防ぐもののようです。
 代わりに路上にたくさんあらわれた「蓋」が、マンホールです。スマホだのパソコンだのをスイスイ使って、清廉潔白に生きてるみたいですが、下水道の普及もわりと最近のことといえなくもない。
 昔は、貸家の大家さんが、下宿人たちの糞を集めて農家に売っていたそうです。農家は肥料が必要だから、人間の糞にもお金を出したと、そういうことらしい。
 下水道が普及した現在は、行政がお金をかけて下水をきれいにして、河や海に戻しています。実際には受益者負担ということで、生活者自身が「下水道料金」を支払っている。お金を出して、糞の処理をしてもらっているんですね。
 水洗レバーひとつで糞と瞬時にお別れできる生活は、清潔で衛生的ではあるのですが、「入れたら出す(食べたらウンチ)」という行為の自然さが遠のいた理由にも思えます。スーパーで食材を買ってくることと、ウンチを出すことが、さほど遠いことではないはずです。冷蔵庫や冷凍庫、ときに真空パウチや缶・ビンの中で、食材(入れるもの)は家に長くとどまるようになりました。出したもの(糞)は、水洗トイレで瞬時に戸外へ流れ去ります。
 スマホのしくみも、下水道のしくみも、よく知らないで使っている人がたくさんいるでしょう。僕も例外ではありません。
 東京都小平市に「虹の下水道館」という施設があります。地下5階まで降りていくと、現役稼働中の下水道館の中に入って見学することができます。下水が流れるその真上に設けられた足場に立つと、本物の生々しく強烈な臭い、地下深くのただならぬ重圧感・閉塞感、じれっとまとわりつくような湿っぽさが一挙に押し寄せます。流域の何万人の生活、「生命そのもの」がのしかかってくるかのようです。その巨大さに、僕は自分の身体が怯え、萎縮するのを感じました。
 地下5階に至るまでに、先ほどの「人糞を売る大家の話」を含めて、さまざまな角度から下水道に光を当てた展示が観覧できます。
 新しく入ってくるものと同じくらい、自分から出ていくものについても知る、それが、本来の自然なバランスのようにも思えます。
 
 食べるもののバランスと同じくらい、知るものもバランスよく摂りたいものです。