How do you feel?

調子はどう?



調子に乗っている人を見ると、「あまりいい気がしない」なんてことがあるでしょう。目に余るといいますか、ちょっと行き過ぎだったり、はみ出した印象を受けるような一連の様子を評して「調子に乗っている」だとか、「いい気になるなよ」だとか、思ったり言ってやりたくなることがあるかもしれません。


一方で、「今日は調子が良い」といった場合、「調子が良い」のが自分であれ他人であれ、あまり悪いイメージは持たないのではないでしょうか。



秩序・規律としての「調子」



「調子」といった場合、単純に「そのときの具合」のようなものを指す場合と、音楽などにおける秩序・規律ともいえる「音程」や「調性」そのものを指す場合があるでしょう。「調子に乗る」のは、そうした秩序や規律に沿っているという意味でもあるのです。そのことをふまえると、「調子に乗る」ことは、決して悪いことではないように思えます。むしろ、規範的な姿でさえあるのかもしれません。



子どもは、お調子者?



子どもは、すぐ調子に乗ります。自分がしたおこないが周りに受け入れられているとわかると、同じことを繰り返したり、行動がエスカレートしたりしがちです。その結果、自分が傷ついたり、他人や物を傷つけたりすることもあるでしょう。そうした外的なきっかけがないことには、「調子に乗りやむ」ことができないのです。そのことを思うと、「調子に乗っている」状態は、調子に「乗った」本人の自制が利かない状態、コントロールを失った状態である、というニュアンスにもとれます。



音痴の調子



ひとたび歌い出したら、あえて音程を途中から意図的に外すというのもなかなか難しいかもしれません。自分は音痴だという場合でも、音痴なりの「調子」があるでしょう。そして、楽曲が終わればそこで調子に乗り終えるわけです。「乗るもの自体」がなくなれば、そこで息継ぎができるのです。どんなに長い楽曲にも、必ず終わりがやってきます。調子に乗って「もう1曲!」はあるかもしれません。時間や体力の限界が、一連の調子に終わりを告げるまで……


わたしたちが「乗って」いるのものの正体をいえば、「時間」とか「体力」とか、「いのちそのもの」という答えが、ひとつ。