身体性と記憶 〜たいやき編〜

「たいやき」という文字を、目で読んでみる。おそらく多くの人が、一瞬で認知できるだろう。時間にして、0.05秒か、0.1秒か。


「たいやき」という単語を、発音してみる。早く言うか遅く言うかによるけれど、0.5秒前後くらいは費やすかと思う。目で読んだときの、10倍に膨れ上がった。


「たいやき」本体を、食べてみる。おそらく、10秒でカミカミしてごっくんと吞み込める人はそうそういない。早食いを強いたとしても、普通の人なら数十秒間かかるのではないか。味わって食べたなら、分単位の時間がかかるはずだ。もはや、「たいやき」と発音するのにかかった時間の100倍は手堅いだろう。


「たいやき」を、つくってみる。クリーム色の液体を、たいやきの形にくぼんだ鉄板に流し込む。そこから何分待つのだろう。あんこって、すぐに入れていいのだろうか?  たぶん、食べるのに要する時間よりは、焼き上がるのにかかる時間の方が長いのではないかと思う。


設備と材料のととのった専門店におじゃまして、いきなり焼き始められるならそれでいい。たいやきを焼こうにも、普通はまず、材料がないだろう。それらをスーパーに買いに行くところから始める必要があるかもしれない。


買って戻ったところで、調理・加工の器具があるのだろうか。たいやきの形にくぼんだあの鉄板を、家に備えているという人はまず少数派と思っていいだろう。ホットサンドやワッフルを作るもののような、家庭でできるたいやき用の鉄板があるのかもしれない。アマゾンで注文しておくなら、通常配送だったら、つくって食べたい日からさかのぼって2~3営業日見積もっておくべきかもしれない。


自分でつくって食べたいだけなら、それでいい。もし売りたいとなった場合、どこで売るのか。場所を決めて、物件を決めて、契約をしたり、いざ物件に立ち入れるとなったら外装や内装の工事をしたり、働いてくれる人の面接をして雇用の契約をしたり、お役所や保健所に届け出たり、ひょっとしてその前にそもそも食品を調理して加工して販売するための資格が要るとなれば取得にかかる月日も逆算したうえでその取得を済ませておいたりと、気が遠くなるようなプロセスが生じるだろう。




ひとことに「たいやき」といったとき、あなたはどんな想起をするだろう。「たいやき」と、どんな時間的・空間的規模で関わってきたかが大きく影響すると思う。「たいやき」という記号から身体性をともなった記憶が引き出されるとき、僕らにとって「たいやき」は意味を持つ。



名詞、めいし、meishi……「名詞」という概念にともなう身体性って、なんだろう。(問うこと自体が、おかしいだろうか?)