ひとりあそび

子どもの頃にどんな物語を読んだっけ。あんまり熱心な読書家じゃなかったから、ぽつりぽつりと思い浮かぶものがあるという程度だ。「ちびくろさんぼ」という物語に出てきた虎が、じぶんの尻尾を追いかけているうちに黄色いからだが溶けてバターになっちゃった! というシーンがあったように記憶している。今思い出してみると、とてもシュールな光景である。


子どもの頃、釣りが好きだった。疑似餌を使った釣りが好きだったから、疑似餌を手作りした。ひまわりの種とプラスティックの破片や釣り針を組み合わせて、耐水性のあるボンドで固めて自作した疑似餌のことを思い出す。その自作の疑似餌を捨てた記憶もないのだけれど、しまってある場所に心当たりもないから、やっぱり捨てたのかもしれない。


釣りは、基本的にひとり遊びである。共同で船を出すといったことはあるかもしれないが、基本的に「狩る者」の数は少ないほうが、得られる1人当たりの獲物の数は多くなる。大人になった今の僕も、ひとり遊びが好きだ。釣りの好ポイントを探すみたいな感じで、街を歩いては他の「釣り人」に知られていなさそうな好ポイントを探している。歩くフィールドが街である必要もなくて、時空の制約の範囲内ではあるが、どこへだって行くことはある。ただ、トイレだとか食事の問題で、居住地域から遠出する機会は多くない。遠出には、それなりの準備と計画が要るだろう。


子どもの頃に親しんだものに支えられているという感覚があるわけではないが、そう言われてみれば、そうなのかもしれない。かつて好きだったものは、今でも好きだ。少なくとも、嫌いになった覚えはない。シュールな話の絵本を今でも読むし、ごくたまにではあるけれど、釣りに出かけることもある。


小学生のときに熱心に読んでいた漫画は『名探偵コナン』だった。その後、大人になってからミステリー小説を好きになる僕の下地は、その頃に築かれたものだったのかもしれないと、今になって思う。


お読みいただき、ありがとうございました。