栄養の使徒

昔はぐうぐうよく寝たもんだと思う。10代や20代前半くらいまでだろうか。10時間でも20時間でも寝ていたような気がする。20時間寝たら、1日はあと4時間しかないじゃないか。すこし、計算がオカシイかもしれない。計算できないアタマのほうがオカシイのか。いや、そんなに寝られるヤツがオカシイ。私は、今も昔もだいぶオカシイのかもしれない。


夜中までゲームして、もうどうせ夜中だしといって朝までゲームをやり足して、それじゃあおやすみなさいといって午後に起き出して、お気に入りのラーメン屋さんのランチ営業の終わりかけにかけこんで無料サービスの大盛りを頼んでスープまで飲み干すとかいうことをやっていたのが私だから、人間って変わるもんだなぁと思う。まるで別人である。


両親が、桃だとか苺だとかメロンだとか、そんなようなおいしい果物とかを食卓に出して、そのほとんどを私が食べてしまうのをいいよいいよと受け入れてくれている状況がかつてあったなぁと思い出す。そっち側に、今の私はいる。両親の側である。私には今3歳と0歳の息子がいる。食卓に出したもので、子どもが気に入ったものがあって、そのほとんどを子どもが食べてしまってもぜんぜん気にならない。いいよいいよと思う。よく食べたねと思う。こちらは、そんなに食欲はない。ないこともないが、必要としていない。骨や身長が伸びたりすることももうないのだから。横には大きくなるでしょうなどと言う人もいるかもしれないが、幸い私は昔と体型が変わらない。動いたり考えたりするのに見合うだけの量をなんとなく見極めて食べている。それが、いまの私の食欲というものだ。昔の食欲とは、どこか質が違うような気もする。昔は、発展したり規模が大きくなったりするために栄養がつかわれていた。それプラス、動いたり考えたりするために必要な量があった。使途が減ったのである。


終わるための栄養というものがあるとしたら、それは死をだんだんと受け入れる麻酔みたいなもんだろうか。それを栄養というのはおかしいかもしれない。私よりももっと年上の、死に近い位置にいる人が書いた本とか文とかを読むとか話を聞くとかして、私は死に備えて栄養を蓄える。まだ早いなんて言う人もあるかわからないが、じゅうぶん適齢期かとも思う。そんな微妙なお年頃なのだ。


傍らに、すうすうとまだ眠っている子どもたちを見ながら。