原画と音源



私は曲をつくって演奏したり録音したりしています。素人の手にも届くような、一般向けの機材をつかって家で録音をするのですが、これがなかなか気持ちのよい音でちゃんと録音できるのです。録れた音を聞いて興奮します。臨場感があって、削ったぶんだけの自分の命がちゃんとそこにある感じがします。


パートごとに分けてばらばらに録音を重ねていくと、たくさんのトラックができます。また、複数の人で一斉に演奏して同時に録音をしたとしても、たくさんのマイクを立てたのならばやはり、たくさんのトラックができます。それらを右と左のステレオトラックにまとめるのがミッスクダウンです。それから、そのミックスダウンされたステレオトラックをCDならCDの曲順にならべて、全部の曲がひとつの作品として統一感をもって聴こえるように、どんな環境で聴いてもいちばんいいように調整するのがマスタリングです。


素人の私はそれらをすべて一人でやります。一般向けの機材で、お金をかけないかわりに、自分の時間をかけます。で、その仕上がりはどうかというと、まあそれなりです。どうも、最初にばらばらに録音したものをミックスしてしまう前の音のほうが、ひとつひとつのパートの命の輝きみたいなものが強く感じられるのです。力強いし、パートごとの音の分離がはっきりしています。それを右と左のふたつのトラックにまとめてしまうと、良くも悪くも、渾然一体となってしまうのです。


ステレオトラックにまとめる前、それぞれの音がトラックごとにまだ分かれている状態でモニターする自分の曲は、さながら展覧会で鑑賞する原画のようです。印刷製本されてページの上にのっかったものとは、別物。奥行きと立体感があります。


職人の技:ミックスダウンと印刷製本


もちろん、ステレオトラックになってしまっても、ひとつひとつのパートの音がきちんと分離して聴こえるようにするのが、おそらく「一般的な」プロの仕事です。印刷製本のプロも、きっと、原画のもつ立体感、奥行きをいかにページの上に表現するかを最も心得ている人なのだろうと思います。


私は、一般的なプロに依頼した場合とはまったく異なる結果を得るために、全ての行程を独力でやって楽しんでいるのです。いかに自分の力が拙いかが分かって、得るものが大きいと思います。かわりに、自分ひとりの時間を大量消費しているのですけれどね。お金を吝嗇して、時間を消費し、少しの浮くお金とたくさんの学びを得ています。


お読みいただき、ありがとうございました。