強気は何から

病は気から、ということばをよく耳にします。自分は病気だ! と思ったらもう病気なのです。あるいは、そう思うことで病気になるというものです。


それってほんとうにそうなのか? と思う私もいます。一方、そうだよねと肯定する私もいます。


元気なときって、じぶんが元気であることを疑いません。でも、あれ、ちょっと喉がおかしいかな、なんてからだのわずかな変調を感じ取ると、これから風邪を本格的にひく予兆かしらなんて思います。


そこで、いつも通りに食や睡眠や運動のそろった「いい生活」を続けていったり、これまでに獲得してきた「健康法」みたいなものを並行していった結果、見事、「予兆」のみで風邪らしきものを退けられた! ということが今までの私の経験にも多くあります。


一方で、そうやって「予兆」に気付きつつ、大丈夫大丈夫、「いい生活」を心がけて「健康法」も実践していれば退けられると思っていても、結局風邪や不調が本格化してしまうことがあります。


退けられたときとの違いが、私にはいまだにわかりません。わかったなら、私はもう一生風邪をひかないための鍵を握ったようなものなのですが、残念ながら私の手にその鍵は握られていません。


風邪をひいたときの私には、予兆で退けたときの私にはないような「慢心」や「油断」があったのでしょうか? だから風邪や不調が本格化したのでしょうか? そうかもしれません。それが原因かもしれません。ですが、結果として、どこがどう「慢心」や「油断」だったかが、私にはわからないのです。これでも、心やかだらの調子や健康のことをテーマに手帳に毎日記録をつけていて、毎日何がじぶんの心やからだにとっていいことや悪いことなのか、細心の注意を払っているほうだと思うのですけれど。


そうか、このことこそが、ほかでもない「慢心」でしょうか。特別な努力といえるような取り組みを、しているつもり。これまでの「健康法」や「いい生活」といったことを、これまでどおりにしているつもり。「形式的にいままで通りのことをしている」というだけのことで、現在の最新の自分の心とからだにも適用され続けているという思い込みがあるのかもしれません。でも実際はそこにずれがあるから、かつて効果があったと感じられたときと同じように対処しているつもりで、実は的外れな努力になってしまっていると、つまりそういうことなのかもしれません。


ではどうしたらよいのか。一概にいえないのがむずかしいところだと思います。経験に従うのでなく、あくまで現在の自分の状態を、色眼鏡で見ず、思い込まずに観察し、必要だと思う対処をすることでしょうか。そこには、それまでの経験にはなかったような挑戦的なことや新しいおこないが含まれているかもしれません。むしろ、その頻度のほうが高いかもしれない、とさえ思います。ときには、ルーティンや生活習慣どおりにすることが、現在の自分を苦しめることもあるかもしれません。


余談ですが、オペレーション・システムのアップデートをさぼったコンピュータはウィルスに対していかに脆弱か! というエンジニアさんの嘆き? のようなものを目にしたことがあります。コンピュータと人間の話では天と地ほど違うようでいて、実は似たところも見出せるのかもしれません。


ここで冒頭の「病は気から」の話に戻ろうと思うのですが、その際に私が思い出すのは、生物の進化のことです。なんのことかといいますと、こういうことです。キリンは、首が長く進化したというよりは、「結果として、少しでも首が長いものが生き残るということを何世代も繰り返しているうちに、種全体として首が長くなった」という考え方です。まず私はそこに立ちます。このことを、「病は気から」にあてはめて考えてみますとこうです。「結果的に、元気だったり、コンディションが万全だったり、環境が整っていたり準備が万端だったりするから強気でいられるし、風邪もひきにくい。」


首の短いキリンは、自らの首が短いことは変えられません。首の長い個体と同じように生き残るには、首の長い個体と近いくらいの条件に自分がいられるような特別な努力が必要になります。その努力でもって、環境面や条件面での不利をなくしていくしかないのです。キリンだったらそれはむずかしいかもしれませんが、幸い人間の知能は高く、さまざまな道具や利器に頼ったり、他の個体と結託して協力しあったりできます。ですので、自分も生き残れるように環境や条件を変えて行ける幅は、少なくともキリンよりは大きいと思っていいのではないでしょうか。


つまり、キリンの首の長短に個体差があるように、人間が「強気でいられるか」とか、「風邪をひきにくい体質か」には、はっきり申し上げて「個体差がある」と思います。ですが、その事実を受けて、「個体差」にかかる部分以外に対して、いかに具体的で最新のチャレンジを開発し続け、環境や条件や準備を万全にしていくかというところが、個体差によらずあらゆる人間が「いつも強気でいられるか。風邪ひかないでいられるか」の分岐点であるというのが、現時点での私の結論としておきます。



長々とお読みいただき、ありがとうございました。



青沼詩郎